4千人の村が指し示す「地方分権」 サンデープロジェクト

特集
「脱 霞ヶ関で活性化」
~4千人の村が指し示す「地方分権」~

長野県にはすでに官僚依存を絶ち、自らの行動と改革で地域主権を遂げた地域があった。
目指したのは脱霞ヶ関
民主党政権のはるか先をいく自治体を追った。

橋下大阪府知事の発言で表面化した「国直轄事業負担金」問題
国の行う公共事業費3割近くを地方自治体が支払う負担金
年間総額9700億円以上

大阪府に届いた「地方負担金の請求書」金額が一活で記されていた。
退職手当まで地方に負担させている。

霞ヶ関に請求されるまま黙って支払い続けてきた地方自治体
これが長い間まかり通ってきたのは霞ヶ関にタテをつくと毎年の補助金が削減される恐れがあったから。

長野県には15年以上前から、霞ヶ関の補助金頼みをやめて独自の税金の使い方と施策で住民サービスを向上させてきた自治体がある。

長野・下条村
人口 4180人
高齢化率 28.8%
日本全国の出生率平均 1.37
下条村 2.04

下条村の出生率は過疎化と高齢化で一時1.80に低下した。

伊藤喜平村長
人口減少傾向が全然止まらない。
最初の公約が「人は増やす、若者を増やす」
出生率 2004年 2.59で日本一となった。

1992年村長就任
村の財政は危機に瀕していた。財政力 長野県下 ワースト3位(120市町村中)
若者は職を求めて村を去り、ピーク時に6100人だった人口は約3900人。
村がなくなる恐れもあった。手を打たなければならない、金がいる。
金を生み出すには「収入をねらう」か「ムダを省く」しかない。

「ムダを省く」道を選んだ。

それは常々考えていた事情があった。
「役場は本当にユートピア。ぬるま湯、前例踏襲、仲良しクラブ、コストを少しも考えない。」

1962年ガソリンスタンドを創業。1円の売り上げのために汗を流してきたものから見れば役場職員のコスト意識のない働きぶりは我慢ならなかった。

今の職員の仕事は民間ならひとりで2人分の仕事ができる

意識改革が必要。役場の職員達を民間のホームセンターに研修に出した。
助役以下全職員1週間の研修。猛反発があった。

掃除、商品補充、接客、「売り上げ目標」まであった。
これが選んだ理由「厳しい、非常にシビアな会社」

効果絶大だった。

職員
「客に納得して買ってもらう大変さをしみじみ感じた。」
「民間の時間はお金」
「お金をかけずに良くするにはどうする」と考えるようになった。

役場に戻った職員達は一人で何役もこなすようになった。
「意識が民間並みになってくると彼らの中で(職員は)こんなにいらんなという意識が出てくる。退職不補充ということで、今36~37名」職員数半減人件費も半分近くなり、コスト削減に。

次に
「住民の意識改革」 ”役所頼みからの脱却”

最初に求めたのは道路の整備
「生活道路は自分達で造ってください」→住民の猛反発

役所が造るのが常識だが公共事業には規格があり、高コスト。
公共事業で造ると土地を取得し、道幅を広げてガードレールをつける必要がある。

・役場は材料実費を負担
・人件費などは住民の自腹

意外な展開
いざ始めてみると村民自らの道造りは大盛況。村のアチコチで競うように道を造りはじめた。

村民による道造りにはもう一つの狙いがあった。皆で力を出して一つの目的を達成する。村民と行政の信頼関係ができる。

信念は村長になる前から貫かれていた。19年前、村の議員を務めていたとき、補助事業の見直しを村に求め、毎年3億円の支出を抑えた。

下水道整備が盛んに行われた90年
全国では国が後押しする

・農業集落排水処理
・公共下水

の建設が広まっていた。簡易型で安く済む合併処理浄化槽もあったが、どの町村も対外的に体裁もよく、建設費の半分に補助金がつく農業集落排水処理を選択。

下条村もその流れに乗っていた。しかし、伊藤氏が試算すると、農集排の建設は集落が点在し、起伏の激しい下条村の場合、約45億円もかかる。国の勧める工事は集落が密集した平らな都市部には向くが、地方の山間部では距離も延びコスト高になる。さらに落とし穴があった。

「45億かかる→22億5千万は補助金で来る。残りは30年間の元利償還。
35年やると返済金額が45億円。補助金分22億5千万円が飛んじゃう。」

そこで国の意に逆らうことになる合併処理浄化槽を提案。
建設費 6億5千万円
村負担 2億円
その後の支払いも一切ない。

村は採択した。

当時県も「何をオモチャっぽいものやるんだ、貧乏臭いものを」と散々言われた。
しかし、いまや毎年数億円の支払いに苦しむ他の自治体やそう仕向けた国を尻目に独自の施策を打てる財政力を構築。

安易に国に頼らない。脱霞ヶ関で財政の健全化を果たした伊藤村長は村民倍増計画へ臨んだ。

「村営住宅の建設」

若者夫婦を下条村へ誘致。2LDK60平米 家賃は隣の飯田市の半額程度3万6千円に設定。駐車場も夫婦2台分用意した。狙い通り、若い夫婦が数多く移り住んできた。今では12棟に144世帯が暮らす。

子育て支援も充実させた。
・保育園料を3割値下げ
・中学3年生までの医療費を無料

さらに2億円かけて子供向けの本を中心にした図書館を建設。

税金の使い方の選択と集中で住民のニーズに応えてきた村長。
しかし、最初の村営住宅を建てるとき補助金を利用して大失敗。

村の狙いは若者夫婦の入居者獲得だったが、県は入居条件をつけた。

「補助金には有形無形の縛りがある。」

指導に従ったが地域活動に参加しないものや家賃滞納者まで現れ、地域に摩擦がうまれた。2棟目以降、補助金に頼らない道。

「国はあれこれメニューをつけないと補助事業を認めないことが多すぎる。」

3800人に減った人口を、若者夫婦、子供を中心に4200人にまで増やした。

「住民のためになるかということを費用対効果を検証し、税金の使い方を決める。
本来国がやること。国も他の自治体もできないわけはないんですよ。
ムダを省いているので、村の基金30億円近くある。これすごいことなんですよ。あの小さな村では。」