13歳で家出。43年間「洞窟おじさん」が生き甲斐を

13歳で家出し、洞窟へ。
それから43年間、足尾銅山の山中でたった一人のサバイバル生活。

鳥捕獲用のワナを手作り。ヘビを刺身で食べたりして人目を避けて生きた。

「洞窟おじさん」こと、加村一馬さん(当時57歳)。
テレビで紹介されて一躍、時の人に。

川で釣りをしていたときに出会った内装業をしていた男性に住み込みで見習い。
43年ぶりに社会復帰したが、それから約一年、2005年に再び家出。

映画監督 山本晋也が居場所をつきとめていくと、加村さんは下を向いたまま、

「みんなに悪いことしたから」
「次の時にちゃんと話す」

と、そのままどこかへ行ってしまった。

別れた川原を山本晋也が4年ぶりに訪れた。

加村さんは群馬県内で暮らしているという。

62歳再会。
割り箸作ってる工場で、障害者相手に指導員を務めていた。
加村さんは、しきりに監督に対して「謝らなくちゃ」と4年前のことを悔いていた。

友人の力を借りて、一週間でロッジのような家を建てた。

石原裕次郎も美空ひばりも知らなかったが、テレビを見るようになって、世の中のことを知った。

麒麟、田村の「ホームレス中学生」について、
「あんなの俺から見たら子供だよね」

1946年、8人兄妹の4男として生まれたが、両親から愛情を感じたことはなかった。一回も白いご飯を食べたことがない。自分だけいじめられた。

ごはんを食べさせてもらえず、このままでは死ぬと、
塩、醤油、ナタなど、わずかな荷物だけを持って家を出て、線路を歩いた。

縄を食いちぎって、愛犬シロだけがついて来た。
熱を出したとき、シロが川まで下りて行き、布を水に濡らして来てくれたという。

両親の墓へ。

ある日、両親の夢を見た。
「来い来い」という。二人とも顔はぼやけてわからなかった。

それにいざなわれここ数年、両親の墓へ来るようになったが、

「手を合わせる気はない。」

と山本の隣でただ立っていた。

両親に何が言いたい?

「なんで自分だけいじめたのかそれを聞きたい。」

今では
「結構ここで頼りにされているので、それが生き甲斐」と語るが、
はじめは何か嫌なことがあるとすぐ「出て行く」と言っていた。

話を聞いてもらううちに打ち解けた。
「世の中にこんないい人がいるのかな?」と涙を流す。

いまだに人と接するのが苦手。

「次の総選挙には必ず投票に行く」

「死ぬときは山へ帰りたい」