ウラミを食べて生きる人たち

「韓国紙「イチローは高慢」 “ダーティーサムライ”と批判」

自ら民族感情を逆なでにしておきながら、「勝ったら黙れ!」と言っている。

「民族感情」といえば、彼らはいつも主張の根拠、正当性を過去に求める。
それさえあれば、なんでも通るかのごとく。

「殴った方は忘れても、殴られた方は決して忘れない」

原爆を落とされて這い上がり、世界一になった国が言われている。

不幸は世界中で起こったし、日本も殴られたのである。
日本人は「反米!」を叫び続けたりしなかった。多くのことを学んだのである。

日本はアジア諸国に謝罪し責任を取ったが、アメリカは謝ってさえいない。

怒りや恨みという感情はエネルギーを必要とする。
世代を継いで、などという恨みは本来尋常でないもので、友好の意思を示すものには向けられない。

もし、韓国に人がいるなら、彼らが抱く感情の根源が「戦争という史実」にあるのではなく「反日教育」にあることをみてとれるはずだ。

隣人が日本でなくとも、きっと同じように振舞うだろう。

民族感情を踏みつけにするような行為、祖国を踏みにじるような行為を見れば誰でも憤慨する。たとえ、テロ国家と言われるような国の民であっても同じである。

イチローは踏みつけようとするものの足を払っているだけだ。
「民族感情」を盾に、あるいは振り回されて、しょっちゅうお祭り騒ぎのものが、イチローにケチをつけてはならない。

あなた方がこれ見よがしにマウンドに植えた「苗木」が実をつけたのである。

“いちばん腹を空かせたチーム”には賛辞を贈ろう。

豊かな者は与えることが出来る。
我々は他にも数え切れないものをあなた方に差し上げてきた。
「忘れて」しまったかも知れないが。

医学、科学、経済など世界はあらゆることでお互いが助け合って生きている。
勿論、我々も沢山のものを世界から貰ってきた。日本人はそれをちゃんと覚えているようだ。

「北」には、より腹をすかせた者がいる。
「北」を見れば、いつでも腹を空かせて、手当たりしだい噛みついている者の行いを見ることができる。

これはもしかしたら民族性かも知れない。

彼らの生き方は
「貰うものだけ貰っておく。恩など糞食らえ。」

あなた方が「北」に見ているものを、我々も北に見ているのだ。
「北」は我々にとっては迷惑な隣人だが、あなた方にとっては同胞である。
あなた方自身である。

食べるものに困って、畑のキャベツを盗んでも大きな罪ではない。
豊かなものならそれを許すだろう。

では、頂き物で命をつなぎ留めながら、その上、畑を荒らしていく者はどうだろう?

あなた方ならどうしますか?

スシもマグロもホオばりながら、いまだに腹を空かせている者がいる。
満腹になれないのは、彼らが「ウラミ」を食べて生きる者だからである。

何かの本にこうあった。幸せになれない者の特徴。

「恩に鈍感。ウラミに敏感」

今、話題になっているキムヨナの発言。
彼女が日本で育っていれば、こんな発言は絶対に出てこない。

多くの情報や主張を発信するメディアが腹をすかせているから、
「チカラはあっても美しくないもの」を作るのである。

日本のメディアは日本と韓国を「宿命のライバル」と呼ぶ。
対立を、昇華された観戦に耐えうるドラマとして映さんがためである。

日本の対応がひとつ違えば、両者の関係はたちまち醜い争いになるだろう。

子供は大声でわめき、大人がいつもそれをなだめるのである。

許し、与えて、バランスをとる、豊かな者こそ、勝者「日本」である。

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