「正しい者」になら下げる頭もある

「「新しい歴史教科書」批判の元中学教諭免職は適法 東京地裁」

「正しいこと」「正しくないこと」を明確にすることは大事だ。

しかし、割り切れないものがある。

なぜ、日本人だけが謝罪し続けるのか?
謝罪、賠償、終わっただろ。

相手が過去を思い出し、謝罪要求するたびに謝り、また、日本人の中から「私達は過去にこんなひどいことをしたのです」という者が現れるたびに立ち止まって反省するのか?

そもそも、彼らは正しいのか?

お互いの国益とメンツのはざ間で過去の真実を追究することは限界があるが・・・。

ベトナムに謝ったか?
賠償金は支払ったのか?

自分のことを棚にあげ、被害者ヅラだけしている輩に真実があるとは到底思えない。

「ノ・ムヒョン大統領への手紙」。
よりによって ノ・ムヒョンか・・・。

人の運命・運勢は、様々に縁と絡み合い、見える形となって顕われる。

かかわった相手はことさら日本を敵視して、不正を暴かれたあげく、横変死を遂げた。

美しい花がそれにふさわしい茎の上に咲くものならば、今回の判決を支持する。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする