「核抑止力論は夢物語」という物語について

「核抑止力論は夢物語 戦争を回避する方法とは」

>抑止力論を肯定したら、日本も核を持つだろうが、同時に北朝鮮やイラクを含めたすべての国が核を持つことになる。

すでに北朝鮮が核保有を宣言している。
日本が持とうが持つまいが相手は準備をすすめてくるよ。

>そうやって地球上全体に核が配備されれば誰もそのボタンを押せない、というのは本当だろうか? これは、この世のすべての人間が理性的である、という極端な性善説の上に立った夢物語である。

理性的でないものが核を持っているからこそ丸腰ではいられないんだろ。

>すべての人間が自分の命を惜しんでいる、という非現実的な考えだ。宗教的、政治的な自爆テロや集団自殺は、宗教や思想や人類のために自分が死ぬ、という考え方だ。人類の破滅を救済と考える宗教さえある。いつボタンを押しても不思議でない人々が世の中にあふれている。核抑止力論は、その現実を無視している。

こじつけ。
日本の核保有が、なぜ、テロリストの核保有に結びつくのか。
それが起こっても日本の核保有が原因ではない。

アメリカが核を持っているからといって、現実に国際的に暗躍するテロリストが核を使用した試しはない。

>より強力で高性能の大量破壊兵器を発明し、他より優位に立とうとする動きが出てくることだ。

核が開発されて実戦で使用可能になってからン十年。いまだその発明はなされていない現時点で核は最終兵器。
複数発所持すればあえて新しい大量破壊兵器は必要ない。
日本がどうしようが相手は兵器の開発を進めてくる。

>国内の権力闘争によって核の奪い合いとなり、小さな政治集団もしくは個人が核をもつ、という拡散が起こることだ。これが「暴力の連鎖」である。連鎖するうちに2つの意味で拡大する。ひとつは「威力が大きくなる」ことで、もうひとつは「量が多くなること」だ。結局、膨大な費用が費やされ、あげくに核は爆発する。

核を暴力として捉えているが、それは実際に使われた場合の話だ。
核抑止力論でいうなら「抑止力の連鎖」になるはず。

すべてについて言えるが、
起こりうることは日本が持とうが持つまいが起こり得る。
あえて「日本の核保有」と結びつけることではない。

>実は、江戸時代に戦争が回避されたのは、参勤交代制度だけの理由ではなかった。それぞれの藩が自力でものを作り出す「土産(土地の産業)」の力を飛躍的に高め、循環を徹底し、食料やエネルギーはもちろんのこと、奢侈(しゃし)品まで自給する、依存度の少ない国づくりをおこなったからである。

>戦争を回避するには、税金を防衛や軍事にではなく、新しいエネルギーと産業に投入すべきなのである。

産業に力を入れていれば戦争が回避できるのか?
日本がどうするかだけを考えていたって無意味だろ。肝心なのは相手の出方だ。
国際的な法を無視して持論を押し付けてくる国家が軍事力で圧倒しているのである。

すべての国が理性的でないからこそ核保有論がある。
犯罪者が銃を所持しているのに、警察に銃を持つな!というのか?
警察官の銃を取り上げ、その数を少なくすれば何がどうなるのか想像してみろ。

今現在核を持ち、日本に向けている国がボタンを押さない保証はない。
また、もっと現実的なことは核が持つ外交上の優位だ。
いまでも日本は常に国益を損なっている。

「非現実的」なのはお前のほうだ。

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